October 20, 2006

10月22日は時代祭り 準備作業目撃!

午後の散歩の途中、元明倫小学校:現在の「京都芸術センター」に
【時代祭り】と書いた案内板が置いてありました。

あさってのお祭りの関連資料の展覧かなと、表示矢印に沿ってふらふら入っていくと
なんと平安講社のメンバーが行列の衣装の準備作業の真っ最中!

事務局の人に『関係者ですか?』と聞かれているところに
知り合いの黒紋付屋さん(正真正銘の関係者)とばったり会って事なきを得(ーー;)
(関係者のみ入れる場所やったんやぁ)少しの間見学・・・

一人きちんと衣装を着けた人が椅子に座っています。
どうもその人が見本になって、その人の身につけただけの衣装が揃っているかを目標にして
大きな箱からいろんな着物や小物を出し、広い体育館の床に等間隔で人数分並べています。

ある所では、わらじの紐を編んだり、各部品を結びつけたり、点検したり、
細かい準備におおわらわ。

時代祭りは、
平安遷都から1100年目にあたる明治28年に始まった京都三大祭のひとつ。
明治維新から時代を遡って行く各時代の著名な人物の行列で京都の歴史を実見できます。
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(烏丸二条を通る、大原女の行列)
それぞれの人物は、時代考証のが正しくされている衣装を着けているので、
歴史的な流れを追っていくと同時に
衣装から時代を垣間見たり、着物の変遷、歴史的な変化を目の当たりにできる興味深いお祭りです。

この行列は「平安講社」という市民中心の組織が運営しています。
各小学校区が単位となって準備・行列の登場人物になるなど
大変なエネルギーで続けられてきました。
5月ごろ町内会から「平安講社」に今年もご寄付お願いしますと言う回覧板が廻ってきます。
わが町内会は、1組から6組までに分かれていますが
組(10軒)で毎年2,000円ほど寄付しています。

このお金で、お祭りの運営、衣装の修理・新調が出来ています。

22日は、時代祭行列(約2,000人、2kmの行列)が正午に御所・建礼門前を出発し、
御所 堺町御門から市中へ出て、
烏丸御地(12:52) ⇒ 市役所前(13:20) ⇒ 三条京阪前を経て ⇒ 平安神宮(14:30から15:00)に到着の予定 

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(同じく白川女の行列の前・“きものさんぽみち”のお仲間)
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京都らしい、のんどりとゆっくりの行列を急かず騒がずお付き合いいただいていると
歴史を遡りる時間旅行の気分を味わえるのではないでしょうか・・・

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September 26, 2006

櫛祭り

毎年「く・し」=9月第4月曜日は古来女性の髪を飾ってきた櫛を供養するお祭りがおこなわれます。
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東山・安井金毘羅宮では各時代風俗の髪型に結い、
その時代を忠実に再現した衣装で装った女性が参列して
古櫛や折れ櫛の供養神事がおこなわれた後、風俗行列が祇園界隈を廻ります。
IMG_20060925_2425_16_1_16_1.JPG櫛供養塚
百鬼夜行絵図に見られるように
古びた道具を捨てる時、丁寧に供養して塚などに納めお化けにならんように
鎮まっていただくという日本の祀りの形は奥床しい。

時代風俗研究の観方コレクションで有名な吉川観方と、南ちゑさん(故人)を中心に
昔のきものの正しい着付け、結髪の研究グループの櫛供養が発端。
神代から大正時代まで忠実に再現された衣装が目の前に見られます。

教科書で読み過ごす歴史上の登場人物と言うのではなく
血が通い、笑い泣いた人々として親近感を持ってしまいました。

それにしても、つやつやの黒髪が技巧を凝らして結い上げらて、
「ほんまに美しいー」とため息が出ます。
kusi27.JPG供養される櫛々・・・
様々な髪型はその時代のその女性の社会的な位置付けまで表しています。
娘さんの髪が、高島田のお嫁さんになり
新妻さんの髪になり、熟練のおかみさまになり・・・
また舞妓さんの割れしのぶが衿替した芸妓さんの髪形になってというのが
実際に見られる良い機会。
“きものさんぽみち”のメンバーともども見物に出かけました
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揚げ巻き      耳かくし いずれも大正時代  今見てもモダン! 
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桂女:白い布で頭を包んでいます。 桂川であゆを獲り頭に載せて今日の町を商って歩いた
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奈良時代 衣装は文様を加飾する原点、絞り染めが見られます
額と目元口元に朱の菱形のお化粧がかわいらしい
右の写真:レニングラードカウボーイご存知ですか?
位置は違いますが、このとんがり具合ええ勝負してます!
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これまた、カブトガニ! スターウォーズのアミダラ女王や他の人のヘヤースタイルの
ヒントになったのではと思えるほどユニーク

日本のアクセサリーは髪を飾る物と帯飾り(帯留など)が多数派
美の極致のような櫛・かんざし・笄(こうがい)の見事さは言いようがないほど。
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おみくじ山_1_1.jpgここ、金毘羅さんは悪縁切りの霊験ありと有名。
境内には、縁切り祈願のおみくじを貼り付けた、このような石のトンネルが有ります。
ここをくぐると願がかなうらしい・・・
貼り付けられたものを見ると、
『私〇〇子と◆◆男の縁が切れますように』等と生々しい言葉が書き連ねてありました。
私達の衣装も、祖母のお下がり・母のお下がりです。
祖母の若い時、大正昭和初期の絽の染帯は「まっピンク」ともいえる
鮮やかなローズピンク、渋めのつむぎにこの鮮やかな色で
ぐんと若い衣装になって効果満点。
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9月末とは思えないお天気と風俗衣装の艶やかさに興奮気味の半日
“祇園小石”のかき氷で口・喉も満足満足
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August 31, 2006

京都 9月 着物で散策 お薦め行事

9月9(土)上賀茂神社 烏相撲と重陽神事
 8日:烏相撲の内取式 9日:午前10時より重陽神事。この後「烏相撲」・「氏子児童による相撲」
 9月9日は古来9という陽(陰陽の陽)の数字の重なる日であることから
 重陽節句として五節句の一つに数えられ、宮中を始め一般にも祝いの日とされ
 古くより厄災祓いの日として、色々な行事がおこなわれてきました。
 菊酒を飲んだり、菊に着せた綿で花についた露を集め(被綿)、肌を拭って長命を祈るなど・・
 
 烏相撲は上賀茂神社の祭神の祖父である賀茂建角身命が神武天皇東征の時、
 巨大な八咫烏(やたがらす)となって先導をつとめるという大きな功績をたてた事と、
 悪霊退治の信仰行事としての「相撲」等が結びついて行われるようになりました。
 当日、本殿で祭典があった後、境内・細殿前庭(ほそどのぜんてい)で弓矢をもった刀祢(とね)が
 烏の踊るのように三三九躍横跳びをしたのち『カーカーカーコーコーコ』と烏鳴きをするなど
 ユニークな所作を行います。その後、児童等による相撲が行われまた、その年の葵祭・斎王代が
 観覧します。


9/9(土)虚空蔵法輪寺  重陽の節会 謡「菊慈童」・舞の奉納
 菊の節句(菊花供養)菊慈童の像を祀り、長寿の祈願を行い、
 邪気を払うとされる茱萸袋(しゅゆふくろ)が授与されます。

10(土) 大田神社 里神楽 午後7時
 杜若で有名な大田神社。毎月10日は月次祭、里神楽(ちゃんぽん)が奉納されます。
 この神楽は今の神楽の 原型といわれ、老人男女二人ずつにより舞われる、里人により受け継がれてきた、
 古式ゆかしい宗教行事。

15(木)鞍馬寺 義経祭 法要11:00~
 源義経(幼名牛若丸)を偲ぶ法要
 鞍馬山中には義経が天狗僧正坊に剣術を習ったと言われる僧正ヶ谷や、道場であった木の根道、
 牛若丸背比べ石などゆかりの地があり所縁深いところからおこなわれる慰霊祭。愛山費200円

16(土)~18(月) 梨木神社 萩まつり
     16日:茂山社中狂言「萩大名」奉納  池坊家元献花・舞踊・俳句
 萩にちなんだ狂言。田舎の侍が萩で有名なお庭拝見の愉快な顛末。
 名水で名高い梨の木神社の井戸水で点てられたお抹茶の御茶席で、着物ならではの
 立ち居振る舞いを体感しにぜひお出かけを。梨の木さんのお水は美味しいですよ

17日(日)観世会館 岡崎 茂山狂言「かなもじ会」
 社中の日ごろのお稽古の成果を舞台で発表。
 プロではない素人ゆえの面白い演目続出。気軽に狂言をどうぞ
 観覧無料 10時~5時
 
19(火)平安神宮 神苑無料公開8:30から16:30
     池泉回遊式の名園。着物で散策に最適

20(火)~26(火)市内各寺院 秋の彼岸会
     暑さ寒さの限(きり)として言われる日、先祖供養もどうぞ。おはぎもおいしいし

25(月)安井金毘羅宮  櫛祭り 午後1時 櫛供養式典。
 古くなったり傷んでしまった櫛やかんざしに感謝をこめて供養する
 お祭り。境内北側にある櫛塚(久志塚)は、女性の命とも言われる髪の美しさを引き立てる櫛をお祀りしていて、 美願のご利益有。
 この塚の前で祭典が執り行われ、拝殿で舞踊「黒髪」が奉納されます。
 その後2時頃より各時代の髪型に髪を結い衣装をまとった、時代風俗行列が神社周辺を練り歩きます。
 この行列はカツラを使わず、全て地毛で結いあげてあり、日本髪の美しさと結髪の技術のすばらしさが
 見られます。

注:変更の場合がありますので、各主催者にご確認下さい。
毎月、何かしら着物でお出かけにぴったりの行事があります。ぜひ出かけられ、楽しんでください。

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August 25, 2006

来年は「亥」

毎年干支にちなんだ型染め友禅をデザインし、染額や色紙にのれんにと摺りあげます。
これは商品にはせず会社や家の贈り物として使います。
12年前とは違う物を考案しようと、例年図柄に悩みます・・・

干支にする動物は、あまりリアルだといかつく、民芸風にすると玩具ぽくなって
友禅にそぐわないものに・・・・・
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今年は護王神社(烏丸出水)の狛猪を素材にしようと写真を撮りにでかけました。
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平安京を作った桓武天皇の信頼厚い和気清麻呂が祀ってある神社です。
弓削道教が称徳天皇の後位につかんと暗躍した時和気清麻呂の活躍で阻止した。
野望を断たれた道鏡に暗殺されかけ足に大怪我をした危機に3百頭からの猪が現れ
助けられたと言う伝説から狛猪になったそうです。
(足関連の治癒祈願が謳われています)
境内には、猪の剥製・手水舎にも猪・信者さんからのあらゆる猪グッズの奉納品など
猪オンパレードでなかなか面白かったですよ
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烏丸通り下長者町さがる(御所の向かい)

「猪子祭」が11月1日行われます
亥の日に作ったお餅を宮中に献上。
猪の多産や健康にあやかるようにと言う行事

◎この日に炬燵を開くと火事を起さない
等と言う言われもあり母はこの日まではどんなに冷え込んでも
掘り炬燵はセットしませんでした!

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August 20, 2006

地蔵盆

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地蔵盆が来ると、京都の夏も終わり近くなります
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地蔵盆は、8月23日24日前後の土日、鐘の音とともに始まります。
お触れ廻りは、子供の役目。
晴れがましくも有り、恥ずかしそうながら誇らしげに廻ります・・・

町内の今年の役のおじさんおばさんが、噴出す汗をものともせず準備して
10時と3時のおやつ、金魚すくい、輪投げ、射的、紙芝居etc・・・
小さい人たちにこの上なく楽しい日になるよう気張ります。
子供達だけでなく、お年寄りと共に一番大事なお地蔵さんをおもてなしする二日間。
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「福引き」は昔からの恒例、大きなハイライト。
商品は家庭用品こまごまとしてたいした金額の物でないのですが
当たると嬉しい!洗剤やトイレットペーパー。
もっと昔、福引はを「フゴ降ろし」と言って、引いた券を入れて二階へ上げた籠に
商品を入れてするするっとおろすと言う大掛かりな仕掛けで盛り上がりました。
お地蔵さんをお祀りする行事ゆえ数珠廻しは大事。
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槌屋町の大きな数珠は明治中ごろ誂えられたと箱書きに。
白い房が廻ってくると押し頂いて『あんっ』
『♪なんまんだぶつ♪』を鐘の音を伴奏に、繰り返しくり返しいっときのお勤め。
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大文字 五山・送り火

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お盆の締めくくりは、ご先祖さんをあちらの世へお送りする五山の送り火(大文字)。
今年も8月16日午後8時大文字から順番に点火されました。
送り火は、文字通り「ご先祖祀り」の行事。
御所から大文字を見ている人も地元派が大多数。
晩御飯を早めに片付け、団扇片手にあちらのおうちからこっちのおうちからぞろぞろ・・・
三々五々御所へ向かいます。
毎年のベストスポットから手を合わせ送りました。
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送り火の一つ「舟形」は上賀茂ゴルフコースの真上ですが
この麓にはこの地区の墓所もあります。
元々上賀茂では戒名を持たず、それでいて神道でもない人々が
俗名のままでお墓に入っている割合が高いです。
実家のお墓所もここに在り、お盆にはこの船山の麓に行きました。
入り口には西方寺があり船形を維持運営しておられる方々が
割り木を切ったり、護摩木の申込みを受け付けて居られます。
家内安全などを書き込み納めてきました。
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納めた護摩木が燃えていると思うとひとしおの送り火

御所からみえる大文字は大文字山で燃やされます。
ここには「弘法大師堂」が置かれ信心篤い保存会の人々が御守しておられます。
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火床(ひどこ)がこのように字の形に沿っています。
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この火床からまだ上へ少し行ったところが頂上(標高466m)。
ここから隣の如意嶽を通り、滋賀県大津の三井寺まで抜けられるのをご存知ですか。

賀茂川のユリカモメが毎日琵琶湖から来て夕方帰るのがちょうどこの道の上です。
銀閣寺から歩き始めて三井寺に着いたのが3時間後!(健脚の方なら1時間半ぐらいじゃないかしら)
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山道を出たところにこのような立て札が!!
多分人けがないので、失礼する人が多いのかも。

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August 10, 2006

ディープな京都のお盆 珍皇寺・きもの散歩

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京都のお盆は旧暦です。
お盆の行事は、7日~10日までの間に珍皇寺千本ゑんま堂
お精霊(おしょらい)さんを迎えるための鐘を撞きに行く事から始まります。
このとっても深部な京都を体験しようと皆で出かけました。
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ここ『六道珍皇寺』では、『六道まいり』が営まれます。
一帯は、六道の辻と言われ(一説には髑髏町とも)平安時代には葬送地・鳥辺山の入口に位置することから、
あの世に通じる処であると言われています。お盆に帰ってこられるご先祖さんの霊もここを通られます。
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まずはご先祖さんの戒名もしくは俗名をお塔婆に書いてもらいます。
いよいよ鐘を撞きます。二度綱を引っ張ります・・・
一説に、梵鐘の下はまことに地中深く(=地獄まで?)続いているそうです。この鐘の音が、道しるべとなります。
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水塔婆を線香にて浄め、そのあと槙の小枝でお水を手向け
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地獄極楽絵図を鑑賞し(?)槙の一枝を買いました(家のお仏壇用)
【西福寺】
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ここにもお迎え鐘がありおしょらいさんむかえをします叉地獄・極楽絵図小野小町九相図
等の迫力ある掛け軸が公開されています。
毎年お参りの後恒例のように買って帰るのが
【幽霊子育て飴】
そのむかし、毎晩店を閉めるころになると、若い母親らしい女の人がほとほととあめを買いに来ました。
あまりに毎晩の事お店の人が不思議に思ってつけて行きました。
そうすると、お寺のお墓のほうへスーッと入っていきます。恐る恐るお寺の和尚様と、お墓を調べますとお墓の中に気配が・・・堀り、開けると赤ちゃんがあめをしゃぶっていたと言う事です。
死んだ後も子供を思い、あめを買って育てたと子を思う母の心が評判になり飴やさんには、
お乳の出ないお母さんや子供の健康を祈り大勢の人が飴を買いに来たと言うことです。
幽霊も買ったという飴、これはぜひとも味わってみましょう。去年暮お引越しで
西福寺さんのお向かいになったみなと屋さんで売っています。
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このあと「大文字」の元になったかもしれないと言う説もある
六波羅蜜時(萬燈会厳修)を見物
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本堂内で灯芯による大文字を点じ、七難即滅・七福即正の祈願が空也上人以来の伝統行事としておこなわれ
火の要心の護符が授けられます。
さてさて最後は 
 【五条坂 陶器祭り】 
毎年迎鐘の帰りの楽しみになっています。とんでもなく安い掘り出し物を探しましたよ 
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ここまで出発してから2時間半
喉からからで体温急上昇止まらず倒れこむように皆で入ったのが「KANO」 (五条大橋畔)
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冷たい冷たいアイスティーアイスコーヒー!  沁み渡る水分のありがたさ、あっという間にコップが空に。
お疲れさんでした(でも面白かった!)

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August 03, 2006

夏限定の和菓子 はまづと

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ハマグリと思われました?
いえいえこれは「浜土産」はまづとと読みます
涼しげな色、貝合せのように趣き深い和生菓子。
琥珀寒の黄色と、大人の味浜納豆(醗酵した大豆・納豆)のこげ茶色がおしゃれ。
口の中に入れると、ぷるんほろりと 崩れ具合も上品
透明なお菓子は夏にぴったり(夏季だけ作られています)
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今日お使いもんにするため亀屋克則さんにに行きました。(堺町三条上る)

せっかく美味しいお饅屋さんにいったら自分用も買わずには居られません
葛焼きと水牡丹を確保
水出しの美味しいお煎茶と絶妙の取り合わせ!
今日はちょっと辛抱し切れへん事があったけど、いっぺんに気分良くなりました。
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透明と言えば「したたり」(亀廣永 高倉蛸薬師上る)
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祇園祭菊水鉾のお茶席のお菓子として有名。
通年のお菓子ですが夏に戴くとよく合うように思います

亀廣永さんに行ったときも夏きものでした
たまたま仕立てあがったポーラを着ていましたが
透けた夏きものが涼しげと、たいそう褒めていただいて、しばしきもの問答・・・

このお店のご主人さんと息子さんは、菊水鉾のお供に毎年ご奉仕されているそう。
麻の裃袴の正装はなかなか重労働。
7月17日の大雨の巡行では傘も役に立たないほどの降り。
裃・着物・袴はもちろん足袋、草履も水を吸ってとにかく重たかった。
後始末がえらいことでしたとお話されてました。

1ヶ月に渡る「祇園祭」は何千人の下から支える人たちの力があるのか
考えると気の遠ぉくなる心地。
それでこそあの文化の奥行きと魅力に繋がるのなやなぁ
叉一段と納得したお菓子屋さんでの談義のひと時でした。

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July 28, 2006

きものさんぽみち便り

  ┏━━━━━━━━○o 。━━┓
     きものさんぽみち便り   
  ┗━━━━━━━━━━━━┛
         Vol.130  2006・7・28
http://www.kimonosanpo.net

┏━もくじ━━━━━━━━━○o 。━┓
■1 真夏に着物 注目の的         
■2 8月 お盆の事           
■3 真夏の京都お薦めきものさんぽ    
┗━━━━━━━━━━━━━━━┛
━━━o━━━o━━━━o━━━o━━━o━━━o━━━o
7/1の吉符入で幕を開けた祇園祭、
24日おみこっさんの還幸祭で終幕が近づきました。

今年の山鉾巡行は大雨の中、
重文級の山鉾の懸装品も、鉾の部材も
かみしもや着物、2000人からのお祭り衣装を洗ったり、乾かしたり
後片付けが大変だったようです。

この後、31日八坂神社内「疫神社」茅の輪くぐりが
締めくくりとなります。

各地で災害をおこした長雨・豪雨も納まり
やっと梅雨も明けたようです
さぁ暑い夏本番 ・・
_____________________
● 盛夏に「夏きものデビュー」実現 ●
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
タンクトップでも汗だらだら
そんな横を、薄物きもので日傘などさしてさらっと歩けば
かっこいいでしょ。

あなたの「夏きものデビュー」実現ノウハウを

十二単から小袖へ、
室町時代に今の形に定着した着物は京の都が発信地。

沖縄の人も驚く京都の夏の暑さは、今も昔も・・・
この暑い土地で涼しくする為のたくさんの工夫が
積み重ねられてきました。

【涼しくする工夫】
◎天然素材を着る
  暑い→汗をかく→洗える着物にする
  と言う事でポリエステルにされる方も多いのですが
  天然素材の涼しさを経験すればポリは着られませんね。
◎薄い織物を着る
  セミの羽のような布地をふわりと纏う:想うだけでも涼しげ!
◎細い糸で織った着物を着る
  夏大島・夏結城・夏紬など薄手デニールの布
◎糸の素材を涼しい物に
  麻のしゃきしゃきを身に纏う=上布と呼ばれる麻織物が代表的
◎織組織の粗いものを着る
  絽・紗など目の粗い織物を着て歩くと風が体を通り抜けます!

◎半衿も絽・麻などを使う

◎小物も夏仕様に(帯枕:糸瓜を芯に)
◎夏の足袋を履く
◎裾除けのまつわりはいらいらの素、ペチコート式が快適
◎長襦袢の素材も麻、絽、綿ローンなどが涼しい
◎見頃をクレープにした袖合体式半襦袢は、
 毎回洗濯機で丸洗い出来最高。

◎薄物きものはまだまだ手が届かないと思っておられるあなたには
 サマーウール(ポーラ)をどうぞ。
 強撚糸のしゃきしゃきの透けた生地です。(ウールと絹の混紡)
 浴衣よりぐんと風を通します
 価格も反物からオーダーメイドで、浴衣2枚分ぐらいです。

【後始末編】
◎絹の着物、長襦袢は、よほどの汗でなければ陰干しでしのぎます。
◎麻素材の物は、強く絞ったタオルで汗をとんとんたたき
 膝後ろのしわに霧吹き、きちんと畳んで「敷きのし」します
いずれもシーズン終了後、しっかり丸洗い(京洗い)してから
しまってください。

こんな事色々参考にされて今年の夏は夏着物でびしっと注目の的になってください。
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● 京都のお盆  ●
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http://www.kimonosanpo.net/sanpo/obon.htm
京都のお盆は旧暦でおこないます。
8月7日~10日の間に六道珍皇寺や千本ゑんま堂で迎鐘を撞き、
ご先祖さんの霊を迎えます。
(これら、お祀リごとやお膳、行事もすべて『おしょらいさん』と  呼びます)
おぶったん(お仏壇のこと)を磨き上げお守りもんを賑やかにお供えできたら、お墓にもお参りします。
我が家では14・15日は可愛らしいお膳2客に精進のご馳走
を差し上げます。
1週間ほどは毎日お饅屋さんにその日の決まりもんの和菓子が売っているのでそれを備えます。
10・11日あたり:おけそくさん(白餅)と迎へ団子(自家製の白玉団子でもOK)12日からは、おはぎ・白むし(色をつけないおこわ)など
家のお仏壇にお寺さんがお経を上げに来られ
家のもんや帰省の子供達や孫達が神妙に手を合わせ
あとは15日に送り団子を白玉で作り
16日には大文字の火を御所のベストスポットまで見に行き
手を合わせて送りだします。

「大文字」はけっして“焼き”をつけなずにただ「だいもんじ」
仏さんの送り火ですから叉来年まであの世にお帰り下さいと手を合わせます。

この頃になると、暑いながらも底の底のほうにちょびっとだけ秋に近づいているように感じます。

観光行事でない「大文字・だいもんじ」
今年はしんみりとご先祖さんからの引き継いだ時間に
思いを馳せてみてください
____________________
● 真夏の京都お薦めきものさんぽ  ●
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
http://www.kimonosanpo.net/sanpo/8gatu.htm
上記のお迎え鐘:お盆の行事をはじめいろいろご紹介しています
趣き深い京都の行事に、着物でのお出かけは如何でしょう。

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July 19, 2006

京都 着物さんぽ 「足つけ神事」 「みたらし祭」

今年の土用丑の日は7月23日
下鴨神社では、夏の盛りに健康その他もろもろを祈願する足つけ神事「みたらし祭りが催されます
7月20日(木)~23日(日) 5時半から10時半まで
http://www.kimonosanpo.net/sanpo/asituke.htm
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京都では、何か事あるごとに特定された食べ物(特におまんじゅう系が多い)を食べます。
土用丑の日は「あんころ餅」 土用餅ともいいます。
これを戴き、その上に足つけ神事に行けば 怖い物なし!

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祇園祭 24日還幸祭・花笠巡行

京都にはほんまによぅけ遊ぶ事が多いですね。
遊びと言っても、タイトルは「お参り」と言う信心系にしてありますので
女性も何かと出かけ易いシステムが素晴らしい生活の知恵です。

さて
7月は祇園祭が京都の町を一ヶ月間席巻しています!

巡行が済んでもまだまだお祭りは続いていて
現在は寺町四条のお旅所に3基のお神輿っさんが鎮座して
皆さんのお参り(無言参りの人も含む)を受けています・・・

24日:昔の「後の祭り」の日はこのおみこっさんが八坂神社の還る日です。
還行祭と呼び、この先触れ行事として巡行が行われていました。
昭和41年以降は巡行は17日に合同され、花笠行列が代わりの先触れ行事です。
----午前10時八坂神社出発----
(古の昔、私 第一回目の花笠行列に参加、
  花笠をかぶって斜染め分けのきものを着て四条通をあるきました!)

夕方からは還幸祭本番、お神輿が再度京の町を練り歩きます
今年はこの勢いあふれる勇壮な様子を見にお出かけ下さい
-----pm6:30頃石段下で差し上げや差し回しが見られます---
もちろん駒形稚児さんが白馬に乗って先導します。

今年の祇園祭は雨が多く
24日のお天気を今から晴れーはれーと念じてましょう

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July 17, 2006

知る人の少ない 祇園祭・神輿巡幸

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大雨の中今朝祇園祭り巡行が行われています
ちょうど各山鉾町に戻り、解体片付けに入っている頃です

これでお祭りは終焉と思っている人が多いのですが
実はこの巡行は神幸祭の先触れ。本来の祇園祭の核である神事・神輿巡幸のへの奉納行事といえます。

夕方4時半頃から八坂神社では綾戸国中神社のスサノオノミコトと八坂神社のスサノオノミコト
を合体させる神事が行われます。
この後、三座の神輿が出て石段下に集結、熱気あふれる「差し上げ」をした後
氏子地域を10時ごろまでかかって巡幸します。
氏子はこの神輿の神を拝み疫病退散・などを祈る純粋な神事です

このお神輿さんには祭神スサノオノミコトが祀られますが、只のスサノオではありません。
八坂さんのスサノオは和御霊(にぎみたま)。
駒形稚児と呼ばれる綾戸国中神社の稚児が、駒形の御神体を胸に奉持し
乗馬で祇園さんまでお連れするスサノオは、荒御霊(あらみたま)です。
この両神が17日合体すると最高の霊力を持つ神となり、
この最強のを神を神輿に移し、神幸祭・還幸祭が行われるのです。

神幸祭の先触れが17日今日の巡行。
還幸祭の先触れが24日の花笠行列(昭和41年・1966から前と後が合同になった代わりの行事)
雅やかな巡行に比べ、大変な勢いのおみこっさんを見られたら驚かれると思います。

駒形稚児さんは、この蒸暑い中城陽市あたりから来られます
昔は実際に乗馬で移動、(現在は車で)
石段下の原了郭が稚児宿として江戸時代からお世話を続けていて
まずここへ入り、衣装等を調えて神社祭殿に上ります。
稚児は祭神の化身!馬を本殿まで乗り付けます
(長刀鉾のお稚児さんも人間としての最高位なので大名格の扱いながら馬を乗り付けるのは
神様格の駒形稚児のみです。)
神事の後、最強の神の化身の稚児が胸元に馬の首(駒形)を下げおみこしの先導役をします。

夜の町に『お神輿っさんが来はるえ』と呼び交わし
頭を下げ拍手を打って神さんを拝むのが小さい頃からの慣わし。
巡行とお神輿巡幸両方祇園祭には欠かせません

『ちゃんと拝むのえ』と言ってた祖母が夏、汗でお化粧崩れ激しい人の顔を見ると
すぐ言いました。
『おぉお、駒形稚児さんみたいになって』
この暑い中長時間の御先導役ほんまにお疲れさんです。

何はともあれ今夕石段下や中京の町中をおみこっさんのおかっけで
京都の意外な一面を発見されたら如何でしょう

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July 15, 2006

祇園祭 宵山

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役行者山(前ご紹介した行者餅が奉納される山です)
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祇園祭宵山のもう一つの見所は屏風祭り。
都の町衆の美意識と経済力は個人がとんでもない美術品を持ち驚きです。
お祭りの時、それらを玄関から、窓から見物できるよう表を開け放しています。
ここは新町通り。三条から下がって北観音山の町内の吉田家の前。
お店の間から、ずーっと奥深い町屋の構造が見え、設えと飾られた小袖や屏風の見事さに感嘆。
藤井絞りのおうちも奥のお座敷まで見え、室内の飾りつけだけでなく、
晩のお祭りのお客様の準備の様子までみえて、町屋のお祭りの風情も実感でき興味深いものです

鯉山は左甚五郎作滝登りの大きな鯉に注目。
16世紀のベルー製タペストリーが伊達藩から派遣された、遣欧使節により持ち帰られ
巡り巡ってこの町内に。重要文化財です
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鯉の滝登りは出世海運って!さぁどの御守にしょうかな
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船鉾は神宮皇后の海戦神話がテーマの鉾
ユニークな船の形と、動きのダイナミックさで人気の高い鉾。早速登ってみました。
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航海してる気分です。
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区内の子供達が祇園祭のフィールド調査で、一生懸命船鉾のおじさんにお話を聞いていました。
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あらっ今日は無料なのね。着物で出かけてきて得しました!
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月鉾は美しい鉾です。
四条通月鉾は鉾頭に三日月を載せシルエットの美しさ、意匠の凝りかたも高度な鉾。
美術的にも大変重要な物です
天井には源氏物語の各場面が扇絵の形で描かれ彫金なども精緻を極めます
西洞院四条に一番人気「蟷螂山」
ここは毎年ゆっくり目の準備作業
今日もカマキリさんはまだ登場していません
「カマキリが居やらへんなぁ」と言ってると町内の人が「あそこで組み建ててるよ」と
からくり師玉屋庄兵衛さんが作業中でした。
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この前高島屋でからくり人形展で講演されてたご本人でした。
屋根にはまだ乗っていませんでしたが、めづらしい場面に遭遇した物です。
巡行当日は羽や足が動き大人気の山です。
IMG_20060714_ebi2.JPGエビでもご紹介したように山鉾は縄がらみという巻き方のみで構造を固定しています
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巡行当日はこの上に乗って街を行きます
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各山鉾町それぞれにいろんな御守が出されています。
蘇民将来の子孫と言うお札の付いた「ちまき」の疫病除けは祇園祭全体の統一テーマです。
他にも出世海運や雷よけなど色々出されています。
恋愛成就と言う見逃せない御守も「保昌山」にあります。
家族縁者に妊娠中の人が在れば占出山山の安産御守がお勧め
私もあちこちから頼まれているのでいくつか求めました。
(船鉾も神宮皇后の神話から安産祈願のお守です)
蟷螂山ではこんなお洒落な手ぬぐいも
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宵山きものさんぽの順路紹介
 役行者山(室町三条・行者餅由来の山)→鯉山(室町六角下ベルギー製タペストリ)
→北観音山 (新町六角下る)巡行後解体片付け見学に適→吉田家 町衆の力の凄さを感じるお家
→藤井家(見事な町屋の設え)→南観音山 (新町蛸薬師)暴れ観音(16日)が見もの
→蟷螂山(西洞院四条上る)何といっても一番人気→伯牙山(綾小路西洞院 町会所杉本家)
京都最大規模の町屋→ 船鉾 新町四条下る →函谷鉾(最初に女人禁制を破った鉾) 
→月鉾  月のデザインの美しさ→菊水鉾 「したたり」でお茶会→保昌山 東洞院高辻下がる
 (恋の成就のお守り) →長刀鉾 (こうもり ねずみ さる 蛇 なめくじ・・
→占出山(うらでやま)錦烏丸西入ル 安産祈願今年の順番は早めなので安産多し
→橋弁慶山 ここの人気も高い→浄妙山(雌雄狼図by鈴木松年)
約4時間コースでした
15今日も夕立が降りそうですが、ぜひお出かけ下さい。宵山は16日まで

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祇園祭 今宵限りの「行者餅」

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祇園祭宵山の7月16日 1年の内、この日だけ作り売り出される、究極の限定版和菓子

室町三条上る「役行者山」では16日宵山の日、大勢の聖護院の山伏さんたちが
ご神体の社殿に参詣、護摩焚きをして祭の無事を祈る神事が行われます。
この役行者にちなんだお菓子として毎年「行者餅」が奉納されます。

柏屋さんの祖先が、大峰山で修行をしていた時、夢に「役(えん)行者」があらわれ、
行者の衣に象(かたど)った菓子をつくり役行者山にお供えし
また折りしも大疫病に苦しんでいた人々にも配ったところ
皆疫病から逃れる事が出来たという言い伝えの残るお菓子

クレープのような皮の中には、求肥と山椒の味噌餡が入っています。
食べないとお祭りが来ないように摺りこまれた小さいときからの懐かしい祇園祭のお味。
7月には入ると忘れないように注文して戴いています。

7月16日この日限りのおいしい夏の味
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東山安井「柏屋光貞」製

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祇園祭 「ちまき」 呪符

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この「ちまき」は、祇園祭の宵山に各山鉾それぞれの御守等とともに得ます。
古来多発した真夏の京都の疫病・災厄を退散させるとされ現代人も毎年求める人が多いです。

ちまきに付いている「蘇民将来の子孫也」というのは
 八坂神社の祭神、スサノオノミコトが南海に赴く途中、日が暮れて宿を求めましたが
裕福な巨旦将来は宿を断り、貧しい蘇民将来はわらの布団とひえの食事を出して、
粗末ながらもあたたかくもてなしました。
スサノオノミコトはお礼として、以後蘇民将来の子孫を疫病から守ることを約束し、
その目印として茅の輪を腰につけさせたという説話が祇園祭のちまきの起こりといわれている。

「蘇民将来の子孫也」と札に書き、ちまきに添えて門口につっておくと
災厄が来たときによけてくれると呪いにされています。

【祇園祭の起こり】

平安時代、都の置かれた京都盆地の中央部は湿地帯でした。
都が、10万人規模の人口を抱えるようにると、都市独特の諸問題が頻出、
特に疫病(伝染病)の流行・蔓延や洪水などにたびたび襲われました。
その原因は、政治的に失脚したり、暗殺されて死んだ人達の怨霊による祟りだとする
怨霊信仰が自然発生的に起りました。
そのような疫病・災害が起こった時、その怨霊を祀り祟りを鎮める「御霊会」として行われた
臨時の祭りが祇園祭の出発点です。
[最初は御池通に残る神泉苑(=往時は今の何倍もある広大を持っていた)で行われました。]

千年ぐらい前には、平安京のすぐ郊外(都の周縁)にこの祭りを行う神社として、
北野社、今宮社、上・下の両御陵神社、祇園社などが置かれ、
毎年 郊外の神社から1年間の無病息災を祈願して平安京のまちなかを巡る神輿を出して、
災厄を祓い淨め、又神社へ戻るという定期的な「御霊会」として『祇園祭』が定着したものです。

御霊会は長い「鉾」(刃を持つ武具)に霊力を持たせ、街の空気を切払いながら巡って、
災厄を退散させる形から発し、その鉾を、きらびやかに豪華に飾りつけていったのが
今に伝わる山鉾になりました。

特に江戸時代町衆が経済力を持つと、山鉾を持つ各町内で競って趣向を凝らし、贅を尽くし
今見られるように大変な美術品、動く美術館とよばれるものとなって人々を惹きつけ止みません

投稿者 blogkyoto : 11:07 AM | コメント | トラックバック

July 10, 2006

祇園祭 鉾建て

10日、今日からあちこちので鉾建てが始まりました
お使いに行って長刀鉾の鉾建てを目撃
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荒縄でアートのような組み上げ・・・縄がらみ と呼ばれています
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鉾町を中心に今日から交通規制が始まり(山・鉾で通行止め状態に近くなります)
街の混雑もいっそうひどくなりますが
京都の人々は『お祭りやし、しゃぁないなぁ』という感じで許容されています
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13日頃からは「轢き初め」で一般の人も参加して
♪えんやらやぁ♪ と町内で試運転
いよいよ雰囲気が盛り上がってきました!

“きものさんぽみち”HPに祇園祭の詳細
由来 豆知識 日程 宵山きものさんぽの様子 解体・・・

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July 07, 2006

祇園祭の海老

祇園祭には、たくさんの動・植物が密かに登場します。
山鉾の飾りは懸装品と言い、
織物(タペストリや綴織物、友禅染など)、組紐、漆塗り部材、彫金、絵画など
豪華絢爛という言葉がぴったり。
この懸装品の中に、たくさん描かれ、彫られ、染められて登場します。

「龍」等は定番図柄!あちこちにいっぱい居ります。
有名な蟷螂(カマキリ(蟷螂山)を始め、物凄い狼(浄妙山の町内) 鯉、千鳥(鯉山) 
鶏・鴉・(函谷鉾) 雁・鶴(役の行者山) コンドル・鷹(函谷鉾)孔雀(菊水鉾) おしどり(蟷螂山)
 ひらめ・かれい・かに・エンゼルフィッシュ(月鉾) 虎(函谷鉾・長刀鉾) 
ナメクジ・こうもり・ネズミ・猿・蛇(長刀鉾)・・・・  もう何でもあり。

重要文化財級の懸装品は
京都の古来からの現代まで、文化の奥深さを集約し、また町衆の美意識・経済力の凄さにも
思い至ります
これらをガラスケース越しでなく、むき出しで真近に見られるなんて、よぉ考えたら驚きですね。
今年の宵山はこれらを発見というのも一風変わった趣向で面白いですよ。

さて「伊勢海老」
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我が家の床の間、ここに居りました。解体後切り取られた縄結びです。

鉾は組み立て式。毎年組み上げ巡行後すぐ解体して一年間収納されます。
組立は、釘を一切使わず、見事な縄組で固定。
縄結びの柔構造が、高さ25m重さ約1~1.6トンの鉾が倒れないのです。
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作事方(鉾の組立・解体を担当するグループ)が記念に持帰るのを
お願いして戴いた貴重なものです。

この縄の見事な形を見られのは、鉾建ての日(7月10日あたり)
か、巡行直後の解体時だけです!

“きものさんぽみち”HPに祇園祭の詳細
由来 豆知識 日程 宵山きものさんぽの様子 解体・・・

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June 13, 2006

水無月 夏越の祓 茅の輪くぐり

6月は水無月。水が無いのではなく、水「の」月という意味。
田植えに備え、田に水を引く事からきているよう・・・
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6月30日:1年の半分が経ち罪穢れも溜まって居ます。これを祓い清めるのが「夏越の祓」
京都では、茅の輪をくぐり、人形(ひとがた)に自分の罪穢れを移して神社で流したり清める神事が行われます。
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茅の輪は多くの神社に設置され、自由にくぐってお参り出来ます。
(上賀茂神社・車折神社・野々宮神社・貴船神社・建勲神社・吉田神社・城南宮・白峰神社・・・)
各神社ごとに茅の輪のデザイン大きさが異なり、はしごして較べるのも面白いです。
この時水無月食べます。
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これが「水無月」
三角の白い外郎の台に、上に甘く炊いた小豆をちらした和菓子。
6月に入ると、京都市内の和菓子やさんで定番でお店に並びます。
平安時代、宮中では夏になると氷室で保存していた氷を夏の流行り病よけとして食しました。
夏の氷は貴族のみが口に出来る貴重な品。 庶民は口にすることもできません。
そこで誕生したのが氷の結晶に似せた三角形のお菓子、「みなづき」。
上に載る小豆の赤には、邪気を祓う魔よけの意味もありいっそう有難味を増します。
1200年の昔は、夏の衛生状態も悪く気温の上昇と共に伝染病が猛威を奮い
人々を震え上がらしました。
何とかこの病や災いを逃れようと氷(氷の代わりの水無月)を食べたのです。
7月に行われる祇園祭も、この夏の災い・流行病を逃れようとする庶民の願いのこもったお祭りです。

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May 19, 2006

江戸の誘惑 百鬼夜行 神戸散策

ご紹介している、神戸市立博物館の「江戸の誘惑・ボストン美術館肉筆浮世絵展を見に行ってきました。
(5月28日(日)まで開催中)

普段地味な博物館なのでせうが、着いたら正面からコーナーを曲がるまでの行列に驚きました。
しばし並んでいながらも、以前に無い着物姿の人の多い事に気がつき嬉しくなっていました。
おりしもの雨、お洒落なコートを見つけて後ろからパシャリ。
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梅雨のはしり、雨の多い5月に出番も多い雨コート。

展覧会は見ごたえありました。(もう少し空いていればなおよかったのですが・・)
浮世絵は風俗画の要素も濃く、細部まで見れば見るほど、その時代の生活や雰囲気が見えて面白い、
必然的に人の足は遅くなり混んだ会場でした。
しかしへこたれず、お目当ての「鳥山石燕」百鬼夜行図肉筆画をしっかり見ました。

期待以上にすばらしい画面を堪能しました。
版画では味わえない生き生きした楽しい画、怪しいお化け達の大活躍に大満足の展覧会。

展覧会に満足の後は、せっかくの神戸、元町方面を散策です。
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市立博物館近くで、宮城道雄の生誕地という碑を見つけました。神戸の人やったんですね。(「春の海」の作曲者
として有名)
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まずはお腹ごしらえ、カフェ・ド・神戸(旧居留地十五番館・旧米国領事館だったカフェレストラン)
でとおもったものの待ち時間にあきらめて別館牡丹苑に変更。
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お腹もいっぱい、さて前から興味の有った中国のお寺、関帝廟へ
(中日折衷の様式で大変ユニークと解説パンフレットにありました)
三国志の関羽や観音が祀られて居ます。
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狛犬もエキゾチック、殆んど"あやし”の仲間
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建物どれも極彩色にくらくらしそう・・・
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屋根の上には、またまた百鬼夜行の妖怪お仲間発見!
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関帝廟から元町へ戻っていく途中、西本願寺神戸別院があります
betuin.JPG東京の築地本願寺ほどではありませんが、ここもかなり異文化融合風の建物です。
玄関前にはちゃんと親鸞さんがおられました

次回の神戸の散策はさてどこへ行こうかしら・・・

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April 26, 2006

端午の節句 大将さん

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5月5日は五節句の一つ「端午の節句」
今年も、お座敷に大将さんを飾りました。
男の子の孫が生まれた時、里方からの初節句のお祝いとして贈られた人形飾り。
元気に育ってほしいと、親類からのお祝い人形も共に並べます・・・

初めてのお節供には実家や親戚から女児には桃の節供に雛人形や浮世人形、
男児には端午の節供に五月人形や鯉幟等が贈られます
人形たちだけは1年に一度は世間の空気も当てなくてはと、毎年飾ってきました。
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お宮参りに続く通過儀礼第二弾 男の子の 初節句 のお祝い
床の間上部に、家紋の幔幕も張り巡らします。

「端午(たんご)の節句」
古来の中国では、季節の節目に身のけがれを祓う、色々な風習が行われていました。
平安時代、のこういう風習が貴族に取り入れら
「人日・上巳(桃の節句)・端午・七夕・重陽」の五節供として定着、しだいに民間にも広まったのです。

春の野に出て、よもぎ・菖蒲などの薬草を摘み
その薬草を臣下に配ったり、悪鬼を退治する為に午から弓矢を射る行事も行われていました。
5月3日の下鴨神社の流鏑馬(やぶさめ)や5日の上賀茂神社の競馬(くらべうま)に名残が見られます。
「軒菖蒲」と言って、ヨモギと一緒に軒にさしたり菖蒲湯に入るのも、魔よけにする同じ風習からです。・
菖蒲やヨモギは、どちらも香りの強い植物。
その香りが、鬼や魔物を払いのける強い力を持つと考えられていました。
柏餅も縁起物で、柏は新芽が出るまで葉を落とさないので「家が絶えない」として尊ばれていました。

鯉のぼりをたて、武者人形を飾る習慣は江戸時代になってから、
もともと、武家出陣の際に用いる幟旗(のぼりばた)を、男の子が生まれると立て、誕生を祝うようになりました。
庶民に幟旗は許されていなかったので、代わりに鯉のぼりが立てられる様になったのです。

中国故事では、黄河を上って急流を登り切った鯉は竜になるとされ
縁起の良い出世魚とされていたので、子供に鯉の滝登りのように力強く、
立派になって欲しいという願いが込められているのです。祇園祭の「鯉山」は、この故事から来ています。
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     【初節句のお祝い着】
父方の祖父が家業の友禅染で染めた、初節句に着せる晴れ着のおでんち「兜と刀の文様」が、良い状態で残っています。
これは夫の初節句のお祝いですから、65年前のもの。
真綿が入り、柔かく温かく乳児をくるんで我が家の三世代に渡る子供衣装となっています。
絹は強いもので、適切な手入れをしていくと、百年は保つ繊維。
友禅も色鮮やかに、元の色のままに褪せていません。

この五月人形を飾ってからのお稽古の人たち、
お部屋に入るなり驚きの声を上げ、ひとしきり見入っています。
そこで「はいポーズ」のワンシーン
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April 22, 2006

声明 大原・勝林院

 http://www.kimonosanpo.net/sanpo/syomyo.htm
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今年も大原・勝林院で4月23日『天台声明を聴く会』が催されます。(午後5時法要開始)
大原の山里に繰り広げられている声明は梵唄(ぼんばい)ともいわれる、仏を礼讃する仏教音楽。
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朝霧のこめる大原の谷々には、古来から声明が流れていたため中国の声明の聖地の名にちなんで
「魚山」と呼ばれています。
叉大原の谷を流れる2つの川も、声明の音律(呂・律)にちなんで、
「呂川」「律川」と名づけるなど、いにしえの声明文化を地域ごとで伝承しています。
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「勝林院」で開催されるお声明の会は、仏教の法要として営まれ
その荘重な雰囲気はコンサート形式の声明が多くなってきた昨今
本来の仏教音楽として法要の中で誦される声明を聞ける貴重な機会です。

観光客も帰途につき、暮れなずんできたお寺の庭で、篝火が焚かれ始めます。
小鳥のさえずり、薪の燃えはぜる音が時折聞こえ、本堂の蜀台の火が障子にゆれ動き「式衆」が入堂。
グレゴリア聖歌と比されるほど、荘重な韻律の重低音が本堂に満ちてきます。
浄土宇宙が、音楽として現出したような、叉通奏低音に妖しいまでのまた心地を満喫するひと時。
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“きものさんぽみち”では、山里に響く悠久の音 声明に身をゆだね、
春遠き山里の桜と緑に目を癒される一日を過ごそうと、着物散歩を計画しています。
勝林院の隣に宝泉院があり、360度の見事な眺めと水禽窟の音色を聞けるお庭がお勧めです
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着物を着てお庭を眺める。sの上お抹茶を戴く一時は格別。
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大原の地は春もまだまだ浅く、桜もきれいです・・・
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March 29, 2006

十三参り

4月1日は十三参り
桜がぼちぼち咲きそろった嵐山。
法輪寺に満12歳の子供達が、知恵を授かりにやってきます。

京都のもんは「こくぞうさん」と呼ぶ、智恵・福徳・技芸上達の神さん。
無事大人に育つのが難しかった昔の名残で、現代でも続く信仰。
子供期を通過した加護のお礼、これからの無事な成長と大人の知恵を授かる為のお参り。
京都の満12歳は必ずと言うほど欠かせないお参り。

当日の晴れ衣装には、肩・袖・身頃の3箇所に
まだ子供ですと言う意味の「縫い上げ」がされています。
(花街の舞妓さんの衣装・大振袖と肩の縫い上げも々意味合い)
お参りの済んだ次の日からは、もう大人の女性として扱われるのです(=結婚可能ということ)

お参りを済ませた後、帰途は渡月橋を渡らねばなりません

ここで初の試練!

戴いた知恵は渡りきるまでに振り向くとお返しする事になるので
絶対に前を向いたままに!
親類縁者、ことに兄弟いとこのいたづらもんが
わざと後ろから呼びかける“定番の大騒ぎ”。

おばあちゃんあたりに頬を固めてもらい決死のまなじりで歩を進める
可愛い子達がほほえましい日。

4月一杯このお参りが続きます。

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March 08, 2006

京のひな祭りは旧暦4月3日

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初節句に実家かkらのお祝い
hinadan1.jpg水屋 台湾京劇人形 ひっちぎり ごもく寿司
hinazoroe1.jpg登壇前の雛たち
御雛さんが入っていた箱を収納するのも大事な手順
段の下空間に入れ子にして収めてあります。
その間の出番待ちの御雛さんたち
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犬筥(はこ)は安産多産の願い事を叶えるお守りと同時に
悪いものから守ってくれる番犬の犬でもあります

この時期の恒例
着物でひな祭りを楽しみます
ごもく寿司(ちらしずしをこう言います)をたすき掛けで作り
たすき掛けって経験あります?
きりりと動き易いし、働こぉって意欲の湧く紐です。
白味噌のおつゆに生麩手まりなどを浮かべおいしくお祝いします。
後はお遊び。
投扇興で得点を競いあっという間に一日が過ぎ・・・
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投扇興で大騒ぎしているところ
ちゃんと点数表もあり、上村松園の絵で源氏45帖にちなんで
藤壺の点、松風の点、夢の浮橋=100点など雅な事この上なし

ほっこりした後はひっちぎりでミニお茶会
あぁ美味しかった!

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February 01, 2006

1月15日は小正月 行事食は「小豆粥」

京都のお正月は1月15日小正月までが「松の内」
この日の朝、小豆粥をお祝いして柳箸を使い納めます。
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女正月とも言われ、一昔まえのお嫁さん、女中さん丁稚さんの年2回の貴重な薮入り(休暇)でもありました。

“きものさんぽみち”でもこれにちなんでお正月の集まりを・・
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お屠蘇やお福茶、小豆粥と白味噌の美味しいお吸い物
花びら餅・お抹茶で満足した後、祇園さんへ初詣に繰り出し一日楽しいきもの散歩でした
詳しくは“きものさんぽみち”のサイト『着物で小正月 小豆粥のお祝膳と初詣』へ
http://www.kimonosanpo.net/sanpo/syogatu2.htm

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お祝膳に欠かせない柿のおなます。小皿二盛りに分けるのが恒例
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January 07, 2006

七草粥 七日正月

今日1月7日は「七日(なのか)正月」美味しい七草粥を戴く日です。IMG_20060107_0436.JPG春七草11.jpg
左手の摺こ木で“とんとん”まな板をたたきながら『唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先に七草なずなてってってろろ てってってろろ』などと囃しながら細かく刻みます
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お米から炊いた5分粥がもう煮あがるかという時七草と丸餅をいれますと、炊きたてのお粥のとろみとお餅のとろみの二重効果でえもいわれぬ美味しい七草粥が出来上がり。
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七日正月 『お祝いやす!』

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December 29, 2005

新春7日正月 白馬(あおうま)の節会

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京都の北、上賀茂神社のお正月はこの「宝船」が頭上につるされ
初詣の人々を迎えます。

京都の町は縦に細長く、
大路を一つ上っていくたびに体感で5度c は気温が下がるようです。
(本当ですよ)
丸太町通りと北大路通ではがくんと冷え込みが違い、街中に山里が同居するのが京都。
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お正月はまだまだ続きます
15日は、行事食:小豆粥の欠かせない小正月のお祝いをして
やっと普段の生活に戻ります

来新年7日 新春 に七草粥を戴き邪気を払います。
上賀茂神社ではこの日七草粥を供える神事が行われます。
その後 錦の馬着で正装した白い神馬(しんめ)を神前に引いてきて祭神に見て戴くという
『白馬(あおうま)の節会』 という神事が行われます。
神馬には前日からむ水でふやかした大豆を折敷(おしき)に盛って食べさせ1年の無事を祈ります。

新春早々、神様に「青い色」を見て戴くとその年の豊作がかなえられるという行事です。
「青」は古来、白をも意味していたので、青馬=白馬が用いられた
青は青陽という春を示す色この七日に青馬を見ると1年の邪気を祓うという中国の故事にちなんだ白馬節会(あおうまのせちえ)という宮廷の行事からきています。

馬は龍や蛇にも通じる概念があり、水を司る事にも繋がります。
水は農業の基本。稲の豊作を祈る1年で最初の農耕神事という意味も含んでいるそうです。

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後近所のおばあちゃんと孫さん
可愛いおべべで白馬の神事を見学ね
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November 18, 2005

赤穂浪士慰霊法要

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12月14日赤穂浪士討ち入り後
切腹した小野寺十内の慰霊が
毎年西方寺で行われます。
本堂内陣の周りを歩き巡りながらの声明による珍しい形式。
派手はでしさの無い奥ゆかしい仏事です!

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法要後、討ち入りの日の雪にちなんだ「つぶ餡に白化粧のきんとん」とお抹茶の接待
口とお腹がほころびます・・・
最後は琵琶の弾き語り。赤穂浪士討ち入りの一節が朗々と澄み渡る声で詠じられ
ご住職さんのおだやかなお人柄の良く出ているご挨拶と共に
良い慰霊の会でした。
西方寺には、小野寺十内の縁につながる人が遠方からも列席されていました。

赤穂浪士の慰霊は、祇園「一力」の主座敷の後ろの小部屋に四十七士の位牌が
篤く秘めやかに祀られています。
京都は主君・浅野家に所縁深く
他にも山科大石神社やあちこちで慰霊祭が行われます。

小野寺十内の妻は、西方寺にお墓を建立し、菩提を弔った翌年、
養女の眠る本國寺・了覚院に籠り、
『夫(つま)や子のま待つらんものをいそがまし 何か此よに おもひおくべき』 
 という辞世の句を残し、数日食を断ち 自死するという最後を遂げています。

四十七士の周りには、埋もれ、知られていない
数多くの痛ましい出来事があったと推察できます・・・

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赤穂浪士慰霊法要

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12月14日赤穂浪士討ち入り後
切腹した小野寺十内の慰霊が
毎年西方寺で行われます。
本堂内陣の周りを歩き巡りながらの声明による珍しい形式。
派手はでしさの無い奥ゆかしい仏事です!

IMG_20041214_004411.jpg
法要後、討ち入りの日の雪にちなんだ「つぶ餡に白化粧のきんとん」とお抹茶の接待
口とお腹がほころびます・・・
最後は琵琶の弾き語り。赤穂浪士討ち入りの一節が朗々と澄み渡る声で詠じられ
ご住職さんのおだやかなお人柄の良く出ているご挨拶と共に
良い慰霊の会でした。
西方寺には、小野寺十内の縁につながる人が遠方からも列席されていました。

赤穂浪士の慰霊は、祇園「一力」の主座敷の後ろの小部屋に四十七士の位牌が
篤く秘めやかに祀られています。
京都は主君・浅野家に所縁深く
他にも山科大石神社やあちこちで慰霊祭が行われます。

小野寺十内の妻は、西方寺にお墓を建立し、菩提を弔った翌年、
養女の眠る本國寺・了覚院に籠り、
『夫(つま)や子のま待つらんものをいそがまし 何か此よに おもひおくべき』 
 という辞世の句を残し、数日食を断ち 自死するという最後を遂げています。

四十七士の周りには、埋もれ、知られていない
数多くの痛ましい出来事があったと推察できます・・・

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August 23, 2005

あだし野・念仏寺 千灯供養

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8月23日は京都では地蔵盆の日。 この日は嵯峨野に有る化野(あだしの)念仏寺で千灯供養が行われました。
古来から峨野に埋葬された人のお墓が、何百年を経て無縁仏と化し、このあたりの山野に散乱埋没していた石仏を、
明治中期にここに集めて祀っています。

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石段の参道から念仏寺へ
このお寺は、風葬が普通であった平安時代、弘法大師空海が野ざらしの遺骸を埋葬供養のため開創したとも言われています。

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八千体といわれる石仏の慰霊場所は「賽の河原」と呼ばれます。
夕闇が濃くなる6時ごろから、石仏の一体々々に和蝋燭が供えられます。
柔らかい火の色が揺れ、周りの闇に暖かく浮かび上がる幽玄な光景
賽の河原に十三重の塔が慰霊供養塔として建てられています。
十三重の塔は別の風葬の地「鳥辺野」にもあり、今「国立京都博物館」の庭に移され、見ることが出来ます。

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化(あだし)とは
儚はかない、むなしいという意味。
現代より格段に生命はもろかった昔なればこそ、往生極楽を仏に願ったのです。

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投稿者 blogkyoto : 11:10 AM | コメント | トラックバック

July 18, 2005

祇園祭 行者餅

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巡行観覧後、 昨夜・宵山の16日  1年のうちこの日のみ作られるという行者餅を
お抹茶と一緒に楽しみました。      

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和製クレープ状の皮・白味噌餡に土生姜の味がユニーク夏の味
これを頂かないと祇園祭は完璧なものになりません

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投稿者 blogkyoto : 09:55 AM | コメント | トラックバック

祇園祭 山鉾解体

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釘1本使わず 縄のみで この巨体が組み上げられています。
柔構造 ゆえの粘り強さで辻回しでも揺れながらも 倒れないのです。

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投稿者 blogkyoto : 09:51 AM | コメント | トラックバック

July 17, 2005

祇園祭巡行 辻回し

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ぎっしぎっし 『よーいやさー』
と音頭を掛け 左へさーっと扇を指し伸ばすと
一気に45度方向回転

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もう一度『よーいやさー』  で90度
『今日の長刀鉾は、2回で成功ね!上手やったわー』

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投稿者 blogkyoto : 09:37 AM | コメント | トラックバック

June 30, 2005

蚕ノ社 木島神社

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蚕ノ社は「木島(このしま)神社」が正式名。
平安京造営に重要な力のあった渡来人・秦氏ゆかりの神社

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不思議な3本足の鳥居。
一説に 「秦氏ゆかりの聖地を遥拝する場」といわれます。ひっそり元糺池の中に存在感充分に立ちます!
土用の日には、手足をつけて厄除けを願います(下鴨神社の足つけ神事と同じ由来)

投稿者 blogkyoto : 06:02 AM | コメント | トラックバック

June 28, 2005

野宮神社

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伊勢へ赴く斎王が潔斎にこもった野々宮神社は、葵祭りで有名な斎王代に関連深い神社です。伊勢神宮には必ず、未婚の皇女、或いは女王(親王女)が一代に一人、天皇の御杖代(みつえしろ)として仕えました。この女性を斎王と言います。斎王に選ばれると、皇女は野々宮神社に入り前後三年間の潔斎を経て、伊勢の斎王宮に向います。そして、天皇が退位するか、両親が死ぬまで、ここで斎王として暮らすのです。    野宮は斎王代ごとに場所が変わりました。

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現在の野々宮神社は、源氏物語「賢木の巻き」や和歌にも名高い嵯峨天皇の皇女仁子内親王が最初に使ったもので、その後神社として今に伝わります。黒木の鳥居と小柴垣が目を引きますが、樹皮のついたままの鳥居で、鳥居の形式としては極めて原始的日本最古のもの。また両横の小柴垣は、「くろもじ」で作られています。源氏物語・和歌・俳句などに詠まれたままの遺風が残る竹に囲まれた神秘的雰囲気の濃い神社です

投稿者 blogkyoto : 05:54 AM | コメント | トラックバック

夏越の祓え

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水無月6月の締めくくりは、「夏越の祓え」  “きものさんぽみち”の町内でも“ひとがた”人形が配られて来ました。
半紙でかたどられた形代(人型・7cm程)に、名前・数えの年齢を書きます。
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人形(ひとがた)を流す神事

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「はーっ」と、たくさん息をふきかけ、具合の悪い所を撫でたりして、少々のお金(500円)と一緒にお預けします。
地域の氏神さん(下御霊神社)に納められ、月末に「夏越の祓え」をしてもらえます。
前半期の罪穢れをこめた形代を祓い清め、残りの半年の厄災から免れるように、との行事です。
この時期あちこちの神社に、茅の輪が作られ、この輪をくぐると、茅萱の呪力によって病魔や悪いものを退けてくれます。
茅がやの爽やかな青い香!香は、目に見えない事でいっそう霊力を持つと考えられたのでしょう。(古代のアロマテラピー!)

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半年間に溜まった罪穢れを祓い流し 新たな生命力を得るよう祈ったり、無病息災、厄除けを願って行われるものです。
過ごしにくい日々、茅の輪をくぐって気分を新たにしましょうか。

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『拾遺集』に「みなつきのなごしのはらへをする人は千年の命のぶといふなり」という和歌がありますが、
その「なごしのはらへ」(夏越の祓え)の神事も各神社でいろいろですが 基本は茅萱で作られた大きな輪をくぐって祓いすることです。

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茅の輪と言って、青竹を芯にして茅草を巻きつけた直径二メートルぐらいの輪をくぐります、他にもいろいろな方法があります。

投稿者 blogkyoto : 05:39 AM | コメント | トラックバック

April 10, 2005

お声明 大原 宝泉寺 勝林院

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「お声明」をご存知ですか?
大原の山里に繰り広げられている声明は梵唄(ぼんばい)とも言われる、み仏を礼讃する仏教音楽のこと。グレゴリアン聖歌と並び称せられています。

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朝霧の大原の谷々には、古来から声明が流れていました。大原を中国の声明の聖地の名から「魚山」と呼ばれ、谷を流れる2つの川も声明の音律(呂・律)にちなんで呂川・律川とするなど、いにしえの声明文化を伝承するのが今回のご紹介の「勝林院」です。グレゴリア聖歌と比べられるほどの荘重な韻律の仏教音楽・お声明は、本来は 仏教の法要で誦されます。(近年はコンサート形式で上演もされています)

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もし浄土が有るとすれば、このような音に満たされた、音楽として現出したような心地を満喫のひと時。
午後6時を過ぎた黄昏時、日の光が力を潜め 夜が目覚め グレーから徐々にモノトーンが濃くなるころ境内に篝火が焚かれ、はぜる音 薪の燃える匂い 鶯や、小鳥の巣に戻る声音 が前奏。お灯明だけになった堂内は、不思議に心鎮まる陰影礼賛の世界。

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僧衆達が入堂し和語・漢語・梵語の3種類の声明が誦される習礼が行われます。
また年によっては、1千巻のお経を読む代わりに、折り畳んだ経文を パラパラパラっと(アコーディオンのように)上下に開き閉じ最後に経机にばんっと叩き付けるように置きます。その勢いで堂内に法力満ちた経文の文字がうわっーと撒き散らされ 参列者に降り注ぐといわれる「転読」も行われます。
曲が進むと共に、闇が深く時折のドラと撥音以外は僧衆の声のみの世界、身も心も包まれ、委ねる内に法要は終わります。

投稿者 blogkyoto : 12:27 AM | コメント | トラックバック

March 13, 2005

嵯峨釈迦堂 清涼時 春を告げるお松明

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春の先駆けに火を伴ったお祭りが、世界的に見られるようです。
どこともに「春を告げる」意味合いの行事となっているようです。

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立春に春が生まれて、やっとこの日人前に出てきたと言う所でしょうか・・・
今年も3月15日お松明の行事が清涼時(嵯峨釈迦堂)で開かれます。  
このお松明は、入滅したお釈迦様の荼毘の様子を偲ぶものとされていますが、
8メートル以上の大松明三基は、それぞれ稲の早稲・中稲・晩稲を表しこの燃え方が
豊凶を表すと言われます。春・火・稲の豊穣というキーワードのお祭り。

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日もすっかり暮れた夜8時ごろ 火がつけられます。

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また愛宕信仰の地元 火を鎮めることも大事な要素
まだまだ愛宕さんは庶民の信仰が厚いんですね。

投稿者 blogkyoto : 01:38 AM | コメント | トラックバック

January 06, 2005

托鉢僧 おーさん

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朝。「雲水」(禅宗の托鉢僧)4・5人の一団が、一定の距離をとった列を作り、口々に『おーー おーー』と唱えながら、
お町内を廻ってこられました。皆お若い方々のようです。 素足・深い網代傘は寒中でも暑い日も変わりません。
大徳寺、相国寺 天竜寺・妙心寺など京都の各禅宗の各お寺から日を決めてでられます。

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子供の時から、朝『おー』のお坊様の声を聞くと「おーさんや!」と10円玉を持たしてもらい、
急いで下駄を履き門(かど)で待っています。
前までこられるとお辞儀して差し出します。 お坊様は丁寧に深々と、膝までつくほどのお辞儀をされ
首にかけた頭陀袋に受けると、手で触らずに中に落とし込まれ行ってしまわれます。
手を合わせお見送りせよとおばあちゃんに言われ、畏まってお辞儀をしたのを覚えています・・

自分の子供たちにも小銭を持たせ同じことをしていました。・・・
今でも信心深いご近所の方は、『オー・オー』のお声を聞くとお布施をもって、門で待っておられます。

投稿者 blogkyoto : 10:42 AM | コメント | トラックバック

October 22, 2004

鞍馬の火祭り 由岐神社

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10月22日鞍馬・由岐神社の例祭・「火祭り」が行われました。
『サイレイヤ、サイリョウ』と囃す声が満ち充ちる

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由岐神社は鞍馬山の入り口に有る産土神、鞍馬寺の護法神を祀っています。

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平安時代、御所内裏に有った由岐大明神を北方の守りとして鞍馬に遷宮したものです。
鉾を先頭に十町に及ぶ遷宮の行列を、里の人々が松明を持ち、
道々にかがり火を焚いて迎えた事が火祭りの始まりと社伝にあります。

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鞍馬の里は、昔ながらの街道風景が残り、門前町の雰囲気も濃い

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神楽松明 最大・最も美しい形をしています。
鞍馬の里が4つに分かれていた名残で4本作ります

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大松明を担ぐ男性の正装は大層いなせ!
遠くから見ると肩に刺青かと思うような綺麗な模様の「船頭篭手」が腕と肩を包み
・向う鉢巻・黒の締め込み・下がり(相撲のと違って白色)・その上には白の分厚い肩当てを
斜めがけに、肩を覆っています。

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子供も大人も全員・黒繻すの襟をかけた「友禅の着物」を羽織っています。
(ガウンのように)男性も朱や青の派手な友禅着物です

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夕方6時、白装束の若者の「神事触れ」が始まりの合図
『サイレヤ・サイリョウ サイレヤ・サイリョウ』と男も女も青年も子供も繰り出す・・と言うイナセ・粋な
惚れ惚れするものです。威勢良く、力強い松明が行く様はお祭りをこの上なく盛り上げます。

「なんとも面白いお祭りですねぇ」といいますと、
『見たはる人がそれだけ面白いのやったら、やってるほうはもっと面白いでっせ』  と言うお話でした。

鞍馬の火祭りの特徴は、女性が排除されていない事!これは特筆。
女性の一団が綱方と名づけられ、お神輿を引き回します。松明を担ぐのも女性が多く見られます。
よくある公式行事に女はだめというところが有りません。一緒に見物していた年配の地元のは
『私が物心ついた時は、もうこういう形でした』といっておられたので、昔から男女共に裏も表もなく
役を担っていたと思われます。

お旅所に舞台は移り、4本の神楽松明が燃やされお神輿が安置されようやく一段落 
夜もすっかり更け2時ごろに・・・鞍馬から帰るには叡山電車のみ、15分おきに次々と大増発の電車で
出町まで帰ったのが12時をかなり過ぎた頃でした。

気がつくと、羽織の肩に灰が一杯降りかかっていました、おお。

鞍馬の里に、お祭りに有り勝ちな夜店などは一切出ていなかった。 
本当に里の人だけで 一から十まで手造りしておられ、地元の神さん祭りと言う事を
最大限に大事に継承されているのがひしひし伝わりました。

又ご招待してくださったおうちも一切お礼を受け取られず、まったく昔ながらの「お祭りのおよばれ」状態。
『鞍馬の人は、みんな このお祭りで1年の稼ぎを散在しつくして 貧乏やで』といっておられました。
神事を大切にする気概と、目一杯お祭りを楽しむ粋さが気持ちの良い日本のお祭りの一番良い形を
いまだに大切に守っていはる。

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