« 声明 大原・勝林院 | 京都着物散策ウェブログ TOP | 風呂敷 包み方教室 »

April 26, 2006

端午の節句 大将さん

kabuto3.JPG
5月5日は五節句の一つ「端午の節句」
今年も、お座敷に大将さんを飾りました。
男の子の孫が生まれた時、里方からの初節句のお祝いとして贈られた人形飾り。
元気に育ってほしいと、親類からのお祝い人形も共に並べます・・・

初めてのお節供には実家や親戚から女児には桃の節供に雛人形や浮世人形、
男児には端午の節供に五月人形や鯉幟等が贈られます
人形たちだけは1年に一度は世間の空気も当てなくてはと、毎年飾ってきました。
kabuto2.JPG
お宮参りに続く通過儀礼第二弾 男の子の 初節句 のお祝い
床の間上部に、家紋の幔幕も張り巡らします。

「端午(たんご)の節句」
古来の中国では、季節の節目に身のけがれを祓う、色々な風習が行われていました。
平安時代、のこういう風習が貴族に取り入れら
「人日・上巳(桃の節句)・端午・七夕・重陽」の五節供として定着、しだいに民間にも広まったのです。

春の野に出て、よもぎ・菖蒲などの薬草を摘み
その薬草を臣下に配ったり、悪鬼を退治する為に午から弓矢を射る行事も行われていました。
5月3日の下鴨神社の流鏑馬(やぶさめ)や5日の上賀茂神社の競馬(くらべうま)に名残が見られます。
「軒菖蒲」と言って、ヨモギと一緒に軒にさしたり菖蒲湯に入るのも、魔よけにする同じ風習からです。・
菖蒲やヨモギは、どちらも香りの強い植物。
その香りが、鬼や魔物を払いのける強い力を持つと考えられていました。
柏餅も縁起物で、柏は新芽が出るまで葉を落とさないので「家が絶えない」として尊ばれていました。

鯉のぼりをたて、武者人形を飾る習慣は江戸時代になってから、
もともと、武家出陣の際に用いる幟旗(のぼりばた)を、男の子が生まれると立て、誕生を祝うようになりました。
庶民に幟旗は許されていなかったので、代わりに鯉のぼりが立てられる様になったのです。

中国故事では、黄河を上って急流を登り切った鯉は竜になるとされ
縁起の良い出世魚とされていたので、子供に鯉の滝登りのように力強く、
立派になって欲しいという願いが込められているのです。祇園祭の「鯉山」は、この故事から来ています。
denti.JPG
     【初節句のお祝い着】
父方の祖父が家業の友禅染で染めた、初節句に着せる晴れ着のおでんち「兜と刀の文様」が、良い状態で残っています。
これは夫の初節句のお祝いですから、65年前のもの。
真綿が入り、柔かく温かく乳児をくるんで我が家の三世代に渡る子供衣装となっています。
絹は強いもので、適切な手入れをしていくと、百年は保つ繊維。
友禅も色鮮やかに、元の色のままに褪せていません。

この五月人形を飾ってからのお稽古の人たち、
お部屋に入るなり驚きの声を上げ、ひとしきり見入っています。
そこで「はいポーズ」のワンシーン
IMG_20060423_1168.JPG

投稿者 blogkyoto : April 26, 2006 01:00 AM

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blogkyoto.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/94

コメント

コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)