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November 18, 2005
赤穂浪士慰霊法要

12月14日赤穂浪士討ち入り後
切腹した小野寺十内の慰霊が
毎年西方寺で行われます。
本堂内陣の周りを歩き巡りながらの声明による珍しい形式。
派手はでしさの無い奥ゆかしい仏事です!

法要後、討ち入りの日の雪にちなんだ「つぶ餡に白化粧のきんとん」とお抹茶の接待
口とお腹がほころびます・・・
最後は琵琶の弾き語り。赤穂浪士討ち入りの一節が朗々と澄み渡る声で詠じられ
ご住職さんのおだやかなお人柄の良く出ているご挨拶と共に
良い慰霊の会でした。
西方寺には、小野寺十内の縁につながる人が遠方からも列席されていました。
赤穂浪士の慰霊は、祇園「一力」の主座敷の後ろの小部屋に四十七士の位牌が
篤く秘めやかに祀られています。
京都は主君・浅野家に所縁深く
他にも山科大石神社やあちこちで慰霊祭が行われます。
小野寺十内の妻は、西方寺にお墓を建立し、菩提を弔った翌年、
養女の眠る本國寺・了覚院に籠り、
『夫(つま)や子のま待つらんものをいそがまし 何か此よに おもひおくべき』
という辞世の句を残し、数日食を断ち 自死するという最後を遂げています。
四十七士の周りには、埋もれ、知られていない
数多くの痛ましい出来事があったと推察できます・・・
投稿者 blogkyoto : November 18, 2005 12:03 AM
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