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October 05, 2005
初秋の大山崎山荘美術館 野点

大山崎山荘は、ニッカウヰスキー創始者・加賀正太郎氏の邸宅として建てられたものです。
遊学で磨かれた美学を存分につぎ込んで、堂々たる英国風山荘が大正4年に完成しました。
加賀正太郎は、裕福な家に生まれ、小さいころから蝶の採集を趣味とし、
この趣味から植物(特に高山植物)最終的には蘭科植物へと興味を広げました。
採集でよく登った信州の経験から、ヨーロッパの山々に憧れるようになり明治43年に
ヨーロッパに遊学した時、ユングフラウヨッホ・日本人第1号登山者となリました。また、
英国ウインザー城からのテムズ川の景観にも強い印象を得てました。
蘭屋敷とか、蘭のメッカといわれた山荘の温室

大正元年、テームズの景色に似たこの地を見つけ又蘭栽培に適した気候でもあると考え
ウインザーの記憶を元に、この地に自邸を建てることにしました。

昭和29年正太郎は、がんで66歳の生涯を閉じました。
山荘は、その後加賀家の手を離れ、幾多の人手を渡るという経過をたどっています。
一時期は、高級会員制クラブなどにもなり、京都の数寄者の優雅な施設として
使われたりしていたのです。

最後には、マンション計画が立ち上がりましたが、山荘が、あまりに立派な良いものであったので、
京都府とアサヒビールの樋口氏などの努力で安藤忠雄の設計した地中の宝石箱・美術館と、
庭園一帯を府の公園に整備して、現在の「大山崎山荘美術館」に生まれ変わりました。
くぐれば、抜けるとどんな世界が・・・・。

山荘が建築中の大正4年、晩年の夏目漱石が、早春の一日この山荘に遊んだという話
が残っています。文人と交流の広かった、磯田多佳の縁によって実現したと言うことです。

ふもとまでタクシーで、そこから漱石夫妻は駕籠に乗り、お隣にある「宝寺」の五重塔を
見ながら登ったそう。今、私たちが訪ねると、駕籠ならぬ美術館の送迎バスが阪急・JRの
両駅まで迎えに来てくれます。

「地中の宝石箱」と呼ばれている展示室への階段。安藤忠雄の設計。
モネの睡蓮はもちろん、ジャコメッティの彫像に、静謐な時間を・・・・
これだけでもこの美術館に来た甲斐がありました。
山荘の庭園 東屋で、たっぷりと時間をかけて野点を楽しみました。


投稿者 blogkyoto : October 5, 2005 05:45 PM
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